布団から出られない朝。それは救難信号だ。
GWの最終日、夕方。明日からまた職場が始まる、と思った瞬間に体が重くなる人がいる。翌朝、目覚ましが鳴っても布団から出られない。胃のあたりが重い。あの場所のことを考えると、吐き気がする。これは「気合が足りない」のでも「甘え」でもない。身体と心が出している、はっきりとした救難信号である。
この記事で分かること
- ✓適応は1年では終わらない長期戦。5月の不調を「向いていない」と結論づけるのを避ける
- ✓救難信号は身体に先に出る。1週間以上続いたら、放置せず誰かに相談する
- ✓相談先は上司・人事・産業医・地域産保・こころの耳など複数。一人で抱え込まない
適応は1年では終わらない、長期戦である
第1回で、入社1ヶ月後の不調は誰にでも起きると書いた。本記事ではもう一段、踏み込む。適応とは、新しい環境に身体と心が合わせていく長期のプロセスである。新入社員の場合、医学的にも実務的にも、適応の山は1回ではない。
5月:緊張と空元気が切れるタイミング
7〜8月:仕事内容を覚えて、責任が増えるタイミング
10〜11月:周囲の同期との比較、評価面談、年末の繁忙期
2〜3月:昇格・異動・新人卒業の節目
「とりあえず1年やれば慣れる」と言われるが、それは事実の半分でしかない。1年で慣れるのは、一部の業務手順と人間関係である。その業務に「自分が向いているか」「ここで働き続けるか」の判断には、もっと時間がかかる。長期戦であるという前提を持つと、5月の不調を必要以上に「自分のせい」「向いていないから」と結論づけるのを避けられる。
救難信号は、身体に先に出る
不調が始まるとき、人間は心ではなく身体に先に症状が出る。これは精神医学的にも知られている現象だ。代表的な救難信号を挙げる。
身体の信号
朝、布団から出るのに普段の倍以上時間がかかる。胃のあたりが重い、食欲がない、または逆に過食になる。出勤前に吐き気を感じる、実際に吐く。通勤途中に動悸がする、息苦しさがある。頭痛、肩こり、腰痛が長引く。寝つけない、夜中に何度も目が覚める、早朝に目覚めて二度寝できない。休日も疲れが取れない。
心の信号
仕事のことを考えると涙が出る。「明日が来なければいい」と思う。楽しかったはずのことに興味が持てない。自分はダメな人間だと感じる、消えてしまいたいと思う。ニュース・SNS・人と会うことが急に億劫になる。
これらの一つでも、1週間以上続いている場合、救難信号として扱ってよい。「もう少し様子を見よう」と先送りにすると、対応が遅れる。特に「消えてしまいたい」「死にたい」という感覚が出ている場合は、様子見をしてはいけない。後述するが、自分一人で抱え込まず、すぐに誰かに伝える、または専門の窓口に連絡する必要がある。
救難信号を無視するとどうなるか
軽い不調のうちに対応すれば、休養と相談で回復する。しかし、信号を無視して我慢を続けると、回復にかかる時間が長くなる。医学的に言えば、急性のストレス反応は一時的なものだが、慢性化するとうつ病・不安障害・適応障害の遷延に進む可能性がある。実務的に言えば、軽い不調なら有給を1〜2日取って整える程度で済むものが、診断書のついた休職に至ることがある。
早めに対応した方が、本人にとっても職場にとっても、結果的にコストが小さい。
「これくらいで休んだら、上司や同僚に申し訳ない」と思う気持ちは、ほぼ全員が持つ。しかし、この気持ちのまま我慢を続けると、結果的に職場により大きな迷惑をかけることになる。これは精神論ではなく、現実的な計算である。
GW明けの「最初の一言」を、誰にかけるか
第1回で、自分の相談スタイルが4タイプのどれに近いかを確認した。GW明けの行動は、シンプルに一つだけだ。「最初の一言」を、誰かにかける。
上司に伝える場合
最も推奨される相談先は、直属の上司である。理由は、業務調整・配置換え・休暇取得など、具体的な対応ができる権限を持っているからだ。最初の一言は、こう言ってよい。
「今、ちょっと体調がよくないので、5分だけ相談させてください。」
この一言で十分だ。詳しい原因や、自分の感情の整理は、後でいい。まずは「相談したい」という意思を伝えることが最初の一歩になる。
上司に伝えにくい場合
上司との関係がうまくいっていない、上司自身が不調の原因になっている、上司が忙しすぎて時間が取れない——こういう場合は無理に上司に伝えなくてよい。次の相談先がある。人事担当者、同期や信頼できる先輩、社内に産業医・保健師がいる場合はその窓口、社内に相談窓口(ハラスメント・健康相談)がある場合はその窓口。
社内に誰もいない、または誰にも話せない場合、社外にも窓口がある。地域産業保健センター:50人未満の事業場で働く労働者は無料で医師に健康相談できる。問い合わせ先はJOHAS(独立行政法人 労働者健康安全機構)のサイトから検索できる。こころの耳の電話相談・SNS相談(厚生労働省):匿名で相談できる。かかりつけ医、または精神科・心療内科:医療機関を受診する。健康保険が使える。
「死にたい」「消えてしまいたい」という感覚が強い場合
次の窓口を使ってよい。匿名・無料で対応している。いのちの電話(0570-783-556、ナビダイヤル)。よりそいホットライン(0120-279-338、一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)。
管理職・人事の方へ —— GW明けの数週間にできること
ここまでは新入社員本人に向けて書いてきたが、管理職・人事の方にもお願いしたいことがある。GW明けの2〜3週間は、新入社員の様子に少しだけ注意を向けてほしい。
具体的に見るべきサイン:朝の出社時間が遅くなる、または出社のばらつきが増える。表情が乏しくなる、笑顔が減る。雑談の輪に入らなくなる。体調不良での欠勤・早退が増える。業務上のミスが増える、または極端に慎重になる。これらが見えたら、評価ではなく心配のニュアンスで声をかける。
「最近、ちょっと疲れてるように見えるけど、大丈夫?」
この一言があるかないかで、本人の「相談していい」という感覚は大きく変わる。事業者には労働者の心身の健康に対する安全配慮義務がある(労働契約法第5条)。これは法的義務であり、管理職が現場で果たす責任の一部である。形式的な確認や面談ではなく、日々の観察と一言の声かけで果たされる場面が多い。
50人以上の事業場であれば、ストレスチェックの結果や産業医面接を活用できる。50人未満の事業場であれば、地域産業保健センターを通じて医師の面接指導を無料で受けられる。社内にリソースがない場合でも、外部の支援は揃っている。
自分と一つ約束をしてほしい
GWの最終日、もしくは明け初日。この記事をここまで読んでいるあなたに、約束をしてほしい。
身体か心の救難信号が1週間以上続いたら、誰かに相談する。
相談先は、上司でも、人事でも、産業医でも、家族でも、地域産業保健センターでも、こころの耳でも、医療機関でも、誰でもいい。一人で抱え込まない。それだけだ。5月病は俗称だが、その背後にある「適応の途中での不調」は、医学的にも社会的にも、対応の方法が確立している現象である。誰にでも起きる。誰にとっても、対応は同じだ。早めに、人に話す。GWが終わる。もう一度、自分にこの言葉を言い聞かせてから、月曜日を迎えてほしい。
参照元
- 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針、平成18年3月策定・平成27年11月30日改正)
- 厚生労働省「こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト」https://kokoro.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「相談機関の紹介(こころの耳)」https://kokoro.mhlw.go.jp/agency/
- 労働契約法 第5条(安全配慮義務)
- 労働安全衛生法 第66条の10(ストレスチェック制度)
- 労働安全衛生法 第69条(健康保持増進の措置)
- ICD-10 F43.2「適応障害」(世界保健機関)
- 独立行政法人 労働者健康安全機構(JOHAS)地域産業保健センター:https://www.johas.go.jp/
- 一般社団法人 日本いのちの電話連盟:https://www.inochinodenwa.org/
- よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター、0120-279-338):https://www.since2011.net/yorisoi/