4月の職場には、特別な空気があります。

新入社員が初めて出社した朝、会議室や廊下で見かける彼らの表情は、警戒と期待が混ざったようなものです。メモを取る手に少し力が入っていて、上司や先輩の話に頷くのが少し大きめ。これは悪いことではなく、ごく自然なことです。ただ、そこにあるのは、確かな緊張です。

でも、その緊張は新入社員だけのものではありません。迎える側の管理職やチームの人たちにも、それぞれの形で同じことが起きています。「この人たちをちゃんと育てられるだろうか」と心配する管理職の表情。「どうやって接したらいいのだろう」と考えながら業務を教える先輩の表情。既存のチームの力学が、少しだけ変わる。それもまた、ひとつの「適応」です。

私は精神科医として、また産業医として、診察室と企業の現場の両方を行き来してきました。そこで見てきたのは、4月に起きている「適応」という営みの複雑さであり、その営みがいかに自然で、いかに大切なものであるかということです。

「適応」とは、何が起きているのか

適応という言葉を聞くと、「新しい環境になじむ」「新しい環境に慣れる」といったポジティブなイメージを持つ人が多いかもしれません。しかし医学的には、適応とはもっと広い意味を持っています。

適応とは、環境の変化に対して、心身が調整していくプロセスのことです。新しい職場、新しい役割、新しい人間関係に出会ったとき、私たちの心と体は自動的に反応を始めます。これは病気ではなく、ごく正常な反応です。

その調整の過程では、さまざまな変化が起きます。いつもより早く目覚めたり、寝つきが悪くなったり、日中の疲れやすさを感じたり、肩や首が凝ったり、胸がドキドキしたり、頭がモヤモヤした感覚を持ったり。これらは、環境の変化に対して、体がアラートを上げている状態です。

心理学者ハンス・セリエが「ストレス反応」と呼んだように、私たちの体には、環境の変化に対応するための生理的なシステムが組み込まれているのです。重要な点は、この反応は「異常」ではなく「正常」だということです。むしろ、この反応なしに新しい環境に対応することはできません。新しい状況を察知して、心身がそれに備える──これは人間に備わった非常に優れた機能なのです。

誰もが経験する「適応」

ここで、読んでいただいている管理職の皆さんに、一つ思い出していただきたいことがあります。

皆さんは、いつ初めて部下を持ったときのことを覚えていますか。異動してきた初日のことを覚えていますか。

新入社員のことを心配するのは、もちろん大切です。しかし、その前に、皆さん自身が新しい立場や環境に適応しているということを、見つめてみてください。「この人たちが上手くいくかな」と心配するのは、実は、皆さん自身が「新しい責任」という環境に向き合っているからではないでしょうか。

新入社員が最初の週に報告や連絡をするとき、その背景には、新しい人間関係を気遣う彼らの適応の過程があります。一方、それらの報告を受ける管理職や先輩たちにとっても、「この人たちの成長に責任を持つ」という新しい関係性に適応する過程があるのです。

新入社員が夜眠れなくなるのと同じくらい、引き継ぎの資料を何度も確認して、後輩が困っていないか心配になる管理職の思考パターンも、適応の過程における自然な反応です。新入社員が「何か分からないことがあったら聞いてね」と言われても、すぐには質問できないのと同じくらい、「質問しやすい雰囲気を作ろう」と試行錯誤する先輩たちの姿勢も、新しい関係性への適応なのです。

適応は双方向で起きている

ここに気づくことが、非常に大切です。

4月の職場に起きている「適応」は、一方通行ではなく、双方向で起きているということです。

新入社員だけでなく、
職場もまた、新しいメンバーに適応している。

私が診察室で見かけるのは、この双方向性をうっかり見落とした時に起きる思わぬ齟齬です。

例えば、「新入社員はすぐに適応するべき。もし適応できないなら、その人に問題がある」というまなざしが職場に強いと、新入社員は余計に緊張を高めてしまいます。なぜなら、彼らが感じている正常なストレス反応さえも、「適応できていない徴候」と捉えられるリスクが生まれるからです。

一方で、「新入社員の適応を支援することが私たちの責任だ」という認識を持っている職場では、新入社員の「最初の緊張」は対話や支援の機会として機能します。その緊張は「この人をサポートするチャンス」と見えるのです。

「初めて」の記憶

最後に、もう一度、皆さんの「初めて」について考えていただきたいのです。

皆さんが最初に新しい部門に異動したとき、最初に後輩を持ったとき、最初に新しい役職に就いたとき──そのとき、皆さんの心身に起きていたことは、何だったでしょうか。

おそらく、新入社員たちが今経験していることと、本質的には同じことだったはずです。緊張もあれば、期待もあった。疲れやすさもあれば、やる気もあった。「失敗したらどうしよう」という不安もあれば、「この環境で何かできるかもしれない」という可能性も感じていたはずです。

その時間を丁寧に過ごすことができた人もいれば、「さっさと適応しろ」という空気の中で、その過程を十分に認識できなかった人もいるかもしれません。

4月の静かな緊張を見つめるとき、それは決して「問題」ではなく、むしろ「新しい関係が生まれようとしている」という証拠です。組織というのは、個人の集まりであり、その個人たちが「新しい誰か」との関係を作っていくプロセスの中でしか、成長しません。

新入社員の適応を見守ることは、
自分自身の適応を見守ることでもある。

その営みは、想像以上に大事なものなのです。

では、皆さんは、今、何に「適応」しているのでしょうか。その過程を、どのように見つめているでしょうか。


参照元

  • Selye, H. (1956). The Stress of Life. McGraw-Hill. — 「一般適応症候群」の古典的知見
  • McEwen, B. S., & Stellar, E. (1993). Stress and the individual. Journal of Health and Social Behavior, 34(1), 46-57. — 適応に伴う生理的反応の概念
  • 厚生労働省(2019)「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00006.html