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高年齢労働者と、どう向き合うか。第1回
高年齢労働者 健康管理

地方出張のタクシーで感じたこと

地方出張でタクシーに乗った。運転席にはいつも白髪の運転手。別の街でも、同じ景色だった。「若い人が来ないから」——淡々と返ってきた一言が、日本の職場の現在地を映している。

この記事で分かること

  • 労災の約30%は60歳以上。ただし「高齢=危険」ではない
  • 2026年4月、労安法62条の2 + 指針公示第1号 で制度の前提が変わった
  • 努力義務だが、安全配慮義務訴訟では不対応が不利に働く

数字が示しているのは何か

労働災害の統計を見ていくと、ある傾向が浮かび上がる。休業4日以上の死傷者は、4年連続で増えている。そしてその増加分の多くが、60歳以上の労働者で占められている。

ただし数字を「高齢=危険」と即結びつけるのは早い。同じ65歳でも、体力が50代と変わらない人もいれば、70代相当の変化が出ている人もいる。個人差は想像以上に大きい。

30%
  • 休業4日以上の死傷者のうち60歳以上が占める割合
  • 死傷年千人率は全年齢平均の約2倍
  • 4年連続で死傷者総数は増加中
出典:厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」

この統計が示しているのは、「高年齢者が増えた職場で、設計だけが変わっていない」という状況だ。出張先の地方タクシーで交わした、ある短い会話が頭に残っている。

若い人が来ないから。
— 地方のタクシー運転手の返答

それ以上でも以下でもない、淡々とした一言。この状況はもはや、個別の業界の話ではない。

2026年4月、制度の前提が変わった

2026年4月1日、改正労働安全衛生法 第62条の2が施行された。高年齢者の特性に配慮した措置を、事業者が「努めなければならない」と法律に明記された。

同時に告示された「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日 公示第1号)は、従来のエイジフレンドリーガイドライン(法的根拠なし)に代わるもの。求める措置は5つだ——管理体制/職場環境/健康・体力把握/個別対応/安全衛生教育。

「努力義務だから、何もしなくていいのでは」という疑問が、現場からよく返ってくる。ここに、この記事でいちばん伝えたい論点がある。

Q & A

Q

努力義務なら、何もしなくていいのか?

A

罰則はない。ただし労災発生後に安全配慮義務が問われる場面では、指針への不対応は不利に働く。罰則ではなく「起きてしまった後」のリスクとして考えるのが現実的だ。

つまり「やらなくても罰せられない」のではなく、「やっていないことが後から問われる」。この違いは大きい。

現場で詰まるところ

「要治療と出ているが、受診していない」——このケースは多い。本人に自覚症状がなければ、受診につながりにくい。

これを「本人の問題」と見るか、「仕組みの問題」と見るかで、打ち手が変わる。大企業では産業医がその橋渡しを担えるが、日本の事業場の大半ではそれが成立しない。

見落とされやすい点

産業医選任義務がない50人未満の事業場(日本の事業場の大半)では、橋渡しの仕組みがそもそも存在しない。「誰も気づいていない」のではなく、「気づいた人が動けない」状態になっている。

問題は「認識」ではなく「構造」にある。ここを捉え違えると、打ち手がいつまでも「本人の意識づけ」に止まってしまう。

まず、何から手をつけるか

御社の「いまの状態」を把握することから始めてほしい。費用はかからない。自社の60歳以上の割合と、直近1年の事故・ヒヤリハット事例の年齢分布を集計するだけでいい。

それだけで、現状は見える。何かあれば、そこが次のステップの起点になる。体制の有無に応じて、打ち手は次のように分けられる。

御社の「いまの状態」を把握することから始めてほしい。費用はかからない。

体制が整っているなら

産業医・保健師との個別対応

高年齢者の健診結果を就業判断に反映させる。安全衛生委員会で定期議題にする。

まず、ここから

地域産業保健センターに相談

50人未満の事業場でも、産業医相談が無料で受けられる。JOHAS が全国に配置。

いきなり体制を整える必要はない。「まず、ここから」の一歩でも、現場は動き始める。

この記事のまとめ

問いは「高齢者を雇うかどうか」ではなく、「どういう設計のもとで働いてもらうか」に転換している。

次回は、企業の対応で実際に詰まる4つの場所——産業医がいない/安全衛生委員会がない/体力チェックの方法/費用——を整理する。

参照元

  • 厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_55382.html
  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
    https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_ReportALL.pdf
  • 改正労働安全衛生法 第62条の2(2026年4月1日施行)
  • 高年齢者の労働災害防止のための指針(令和8年2月10日 公示第1号)
  • 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(令和3年4月改正施行)
  • 独立行政法人 労働者健康安全機構(JOHAS)地域産業保健センター
    https://www.johas.go.jp/sangyouhoken/
WELD編集部

WELD 編集部

高年齢労働者と、どう向き合うか。シリーズ 第1回